節約系ミニマリスト0.5

本多静六式改 収入があるたびにその1/2 を自分のために取っておく 🌊 節約からの投資のコンボ

節約系ミニマリスト生活とは、生きながら死ぬということでは断じてない

 

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節約系ミニマリズムを極めていくと、どこへ向かっていくのだろうか。

何も欲しくない、何も求めないという感情でしょうか?

それはやはり、宗教的に言うと悟りの境地となるのでしょう。

ということは、出家すれば節約系ミニマリズムの完成なのかもしれません。

 

瀬戸内寂聴さんは言いました。うろ覚えですけど。

「私は一度、死んでいるつもりなんです。51歳で出家したときに。

出家とは、この世を捨てて、生きながら死ぬということです。」

と。

若いころさんざん無茶してきて50歳超えて出家というのも大変は大変でしょうが、

煩悩の塊である20歳代で出家する尼さんに比べたら、きつくはないでしょう。

私は、33歳ですが、出家できるかと言われれば

NO!です。

 

他人のために生きるとか、神仏のために生きるとかというのが嫌なのです。

特に、いるのかいないのか分からないようなものに、

日々数分ならまだしも何時間も祈りをささげるというのは、

時間の無駄だと思うのです。

なぜ一度きりの人生を、他人のため生きなければならないのかと思ってしまうのです。

 

そうでなくても、給料の1/4は家賃として大家に取られ、食費は生産者と仲介業者に取られ、服を買えば~同じくという風に、

自分のためではなく、だれかの生活のためにお金は取られていきます。

自分のためだけに動いてくれるお金だけが資産です。

誰かの儲けのためにお金を稼いでいる状態では、

お金からの解脱ができていない状態です。

 

私が目指しているのは精神的な現世からの解脱ではなく、お金からの解脱です。

精神的に高みに登ろうなどとは一ナノも考えていません。

 

 お金の心配をしないで生活ができるというのがお金からの解脱です。

つまり、寝てようが、旅行に行っていようが変わらずお金を運んでくれる資産があるという状態がお金からの解脱です。

 

出家して自給自足で、最低限の施しを受けてそれで生活をできるというのであれば、

それはそれでお金からの解脱かもしれません。

でもそれだと海外旅行に行けないからな~月2、3回海外旅行に連れて行ってくれるお寺なら出家してもいいかも。でも、そんな俗世的なお寺はないでしょう。

 

だから、生きながら死ぬという精神的解脱とは違い、

よりよく生きるために死なない程度に生きる!

というのが節約系ミニマリストです。

 

ノイズを減らしてスタイリッシュに生きるというおしゃれ系ミニマリストとは、

全然違います。

より良い人生のために、

耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、もってその後の人生の太平ならんことを欲す

これこそが節約系ミニマリストのあるべき姿です。

上記の動画でひろゆきさんが話していますが、

お金を貯めたければ、生活レベルをあげないことが第一です。

お金が無くてもそこそこ楽しく生きることはできるわけですから。

 

貧乏を楽しもうぜ~

 


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 では、ありがとうございました。

2018/01/19記事作成